2008-05-19
■[きかくみち][メリケン]ゲームかいはつにおけるにちべいのちがい
アメリカはカリフォルニア、ベイエリアのゲームかいしゃではたらくようになってからまる3ねんがすぎた。ちょっとまえにはてんしょくもして、べつのアメリカきぎょうをけいけんなか。にっぽんのゲームかいしゃで5ねんくらい、アメリカで3ねんくらいゲームをつくってみて、ようやくげんごにできるくらいまとまってきたので、ゲームのつくられほうのおおきなちがいをメモしておこうとおもう。もちろん、じぶんは、たくさんあるゲームかいしゃのほんのいちぶしかしらないので、まったくもっていっぱんろんをかたるきはない。あくまでもじぶんのけんちったはんいでのこうさつ。
■「おもいついたらとりあえずやってみる」がびとく
おれがおもうに、アメリカはつのゲームとにっぽんのでんとうてきなゲームのちがいのげんせんはここにある。かれらはちょっとアイデアをおもいつくと、すぐじっこうしてみる。おれからするととるにたらないネタでも、"That should be cool!"をれんぱつしてとりあえずやってみる。どうやら、それがびとくらしい。うだうだしようをかんがえて、プログラマとアーティストにねまわしして、だんどりをちゃんとするようなゲームデザイナはいむべきタマなしやろうとみるふしがあり、りくつをこねてるヒマがあるなら、とっととじっそうしろ、とかんがえてるにんがたすうにみえる。この「すぐやろう!いまやろう!おれはぜったいうまくいく!」ってせいしつは、いっしょにはたらいてみるまでそうぞうもつかなかった。
■「そくじっこう」をじつげんできるツール、エディターのじゅうじつ
じぶんのしってるいくつかのスタジオは、デザイナがひとりでゲームをくみたてられるようなスクリプトげんご、ツールやエディタがじゅうじつしていて、おもいついたことは、そのままゲームないにはんえいできるばあいがおおいのだ。しかも1にんで。もちろん、それにともなってそれらのあつかいはふくざつでしゅうとくにじかんがかかる。デザイナがなにかをゲームにくみこむばあい、プログラマのそれとおなじ「じっそう」"implementation"というたんごをつかう。じっそうにともなうバグのリスクなどは、プログラマのそれとどうとうにあつかわれる。
■アイデアをじっそうするのにしようしょいらず
で、そういったかいはつかんきょうにおいて、おれにとっていちばんのおんけいがこれ。めいぶんか、しょるいか、きょうどうさぎょうのプロセスをへないでアイデアをゲームないでじっけんできるところ。アイデアを1にん1にんがそれぞれのかんかくをじつげんかのうなことで、カオスながらも、なんというか、よういにげんごかできない、「なんとなくおもしろい」「なんかクール」がつぎつぎゲームにとうにゅうされる。アメリカにきて、じぶんがにっぽんでゲームせいさくちゅうにばくぜんとかんじていたことがはっきりわかった。つまり、アイデアを、ゲームないのシステムにあてはまるようなすうしきにへんかんし、しようしょにするだんかいでじぶんのしょきしょうどうがわいしょうかされるきがするのだ。ミーティングをおもねてぐたいてきなしようにおとしこむだんになるとじぶんのかんじていた「おもしろポイント」はさらにスポイルされることがおおい(まあ、これはおれのきかくとしてののうりょくぶそくをたからかにせんげんしてるにひとしいが)。
■アイデアのかがくへんか
けっか、ぶつりエンジンとそうまって、アイデアがかがくはんのうをおこしやすい。たとえば、だれかが「かなをなげる」というどうさをゲームにいれたとする。また、ほかのだれかがとこから「かいてんノコギリ」をはやしたとする(そう、おそるべきことに、デザイナだけでこれらのきのうはじっそうかのうなのだ)。それぞれはたいしたことないふつうのようそだが、あそんだだれかが「かなをかいてんノコギリにほうりこみ」んでみる。これはすてきなケミストリーだ。ただなげられるだけじゃなくて、ねらえばさらにだいダメージになる。さらにぶつりエンジンによって、「かいてんノコギリのまえにあつまったてきたちにむかってかなをなげつけ」てみる。なげられたてきはたくさんのかなをなぎたおし、ジャギャギャーときりきざまれる。エネミーをゆうどうすることで、いっぺんにたおせる。これもまたすてきなハーモニー。あらふしぎ、なんかゲームっぽくね?
■クールならさいよう
というわけで、にっぽんにいたじぶんだったらじぜんにコストをかんがえてぜったいやらないようなアイデアから、よそうがいのホームランがとびだすばあいがある。そういったばあい、みんなでクールクールオーサムオーサムいいながら、そのアイデアをゲームのセールスポイントのひとつにしたてあげてしまったりする。これは、おれからすればいきあたりばったりとしかいえないようなながれだが、とべいのち、これがゲームせいさくにおけるりっぱないっかほどにすらなっているばめんになんどかでくわしている。
■クールみのちがい
で、さいようのきじゅんになってる「クール」ってなんなのよ、ってはなし。あるアメリカにんデザイナいわく「ゲームにおいて、すべてのにんげんはころされるべきだし、すべてのけんぞうぶつははかいされるべき。それができないゲームはサック」と。おれはないしん「わー、このヒトきちがいだわー」とおもった。だが、そのはつげんをうけてまわりのデザイナが「すべてのゲームにもっとりゅうけつを!もっとばくはつを!」とシュプレヒコールをあげるのをまえに、かれらなりのきょうつうにんしきをうけいれざるをえなかった。というか、ほくべいしじょうにでまわるゲームをみれば、かれらがいかにそれらをもとめているかよういにかくにんできる。たぶん、にほんじんが「わびさび」のかんかくをきょうゆうしているように、かれらのたましいはしょうえんとちのくさいでつながっているにちがいない。したいのリアルなきょどうや、おっさんのリアルなけっかんやヒゲなど、おれにはどうしてそこまでじょうねつをかけれるのか、とふしぎなことも、かれらにしたらとうぜんおいもとめるべきことのようであった。そして、じゅうようなことだが、ユーザーもおなじくゲームかいしゃがそれらをおいもとめることになんのぎもんもだいていない。
■ほそくとだそく
りそうとするゲームかいはつのちがいが、げんせいだいきになってにっぽんとアメリカのゲームをよりちがうものにしているようなきがする。これまでは、じょうきのようなツールるいをじっきうえでぶんぶんはしらせるのは、しょりそくどなど、もろもろのじじょうでかれらのよっきゅうをじゅうぶんにみたすものではなかったが、じせだいきハードのえんざんのうりょくでようやくじつようてきになってきたかんがある。こうとうするかいはつコストにたいしてさいてきかされているはずのゲームかいはつが、いままでいじょうにフレキシビリティとじゆうをともなっているのは、あべこべのようなきもするが、あくまでおれがみたはんいなので、これはきっとデベロッパごとにまったくことなるだろうな、ともかんじている。ガチガチにしようをかためてからスタートしてさいたんコースをはしるチームもあれば、しこうのツールをどっさりよういして「さあ、さいこうのゲームをつくってくれたまえ!」というチームもあるだろう。まー、じゆうどのたかいかいはつのばあい、これらをスケジュールをはじめとするコストけいさんにおとしこむのはしなんのぎょうだ。つかむり。デザイナーとディレクターとプロデューサーがそれぞれゆうしゅうじゃないと、こんなかいはつのしかたはありえない。このへんはぎゃくににほんいじょうにごうりてきではないあうんのこきゅうでゲームをつくってるきがする。こまかいぶぶんにしようしょとかよういしないしね。これもスタジオごとにぜんぜんちがうだろうな。
というわけでまったくまとめないままおわります。








