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おおさかだいがくだいがくいんこうがくけんきゅうか ちのう・きのうそうせいこうがくせんこう ちのうそうせいこうがくこうざ いしぐろ ひろしきょうじゅ
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「にんげんののうは、にんげんをあいてにしたときにさいだいげんののうりょくをはっきするようにできている。だからこそにんは、ヒューマノイドやアンドロイドにみせられるんです。コミュニケーションというタスクいがいに、アンドロイドやヒューマノイドのけんきゅうとしてコミュニケーションをかんがえるのがいちばんいみがあるとおもっている」
まゆねをよせたかおつきにがんりきがこめられたようなしせん。くろいふく。いっけんとっつきにくそうだが、じっさいにくちをひらくとおどろくほどおだやか。「ぼくはすなおなんですよ。いやほんとうに」とじょうだんもとばす。そのいっぽう、ものいいはそっちょくでストレート。このにんのあたまのなかではいろんなタスクがどうじにしょりされているんだろうな――。そんないんしょうをだいた。
おおさかだいがくだいがくいんこうがくけんきゅうか ちのう・きのうそうせいこうがくせんこう ちのうロボットがっけんきゅうしつ きょうじゅ、ATRきゃくいんしつちょう、ロボット・ベンチャーのヴイストンかぶしきがいしゃのとくべつこもん。これがいしぐろ ひろししのかたがきのいちぶだ。つねになにかをやっていないときがすまないタチだという。くるまのなかではヘビーなおんがくをかけっぱなしだ。
げんざい42とし。やまなしだいがくこうがくぶけいさんきがっかをでたあと、おおさかだいがくではくしごうをしゅとく。そののち、やまなしだいがくでじょしゅをつとめたあとにおおさかだいがくにいどう、さらに2ねんごにはきょうとだいがくじょきょうじゅに。'98ねんにはとべい、いちねんかんカリフォルニアだいがくサンディエゴこうのきゃくいんけんきゅういんをつとめたあと、2000ねんにきこく。わかやまだいがくシステムこうがくぶにてじょきょうじゅ、きょうじゅをつとめ、2003ねんにはおおさかだいがくのきょうじゅになった。
めまぐるしくしょぞくがかわっている。「だいがくきょういんのひょうかがどうのこうのというにんがいるでしょう。だったらだいがくをうつればいい。だいがくきょういんがいちばんひょうかをとわれるのはいどうのときなんです」。
ぜんじゅつのようにいしぐろしは、このまにATRにてコミュニケーションロボット「Robovie」をつくり、ベンチャーかいしゃヴイストンのとりしまりやくにもなっている。
いしぐろしのけんきゅうしつのけんきゅうぶんやは、おおきくわけて3つある。1つめはのうどうしかく、ぜんほういしかく、ぶんさんしかくをちゅうしんとした「ロボットビジョン」だ。これがいしぐろしのもともとのけんきゅうぶんやである。2ばんめが「センサネットワーク」だ。ロボットはロボットたんたいだけでこうせいされるものではない。かんきょうにうめこまれたセンサーぐん、いわゆるユビキタスかんきょうときょうちょうしながらうごくものだ。そのためのじょうほうきばんのけんきゅうである。
3ばんめがいわゆるロボット。コミュニケーションロボット、しゃかいロボットとよばれる、にんちかがくてきなきょうみをベースとしたロボットやにんげんそっくりのがいかんのアンドロイドをせいさくし、にんとのかかわりをけんきゅうしている。「Robovie」、ばんぱくにもしゅってんされてちゅうもくされたアンドロイド「Repliee Q1 expo」、さらにさいきんはっぴょうされたいしぐろしじしんのコピーロボット「ジェミノイド」はここにぞくする。
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たかはしさとるたかししによるデザインがほどこされたATRちのうロボティクスけんきゅうしょの「Robovie-R2」
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あい・ちきゅうひろしにもてんじされたアンドロイド「Repliee Q1 expo」
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ただし、この3つはあくまでべんぎじょうのぶんるいだ。いしぐろしはビジョン、センサネットワーク、アンドロイド、「ロボットはどれがかけてもうまくいかない」とかたる。「にんとちてきにかかわるシステムはこうあるべきだとおもうイメージがある。そのためにはやるべきことはぜんぶやると。そういうことです」。けっか、けんきゅうしつはどんどんきぼがおおきくなり、いぜんの4ばいになった。いしぐろしも「そろそろげんかい」とくしょうする。
なかでもいまとくにきょうみをもっているのは「アンドロイドサイエンス」と「しゃかいでのじっしょうじっけん」の2つだという。にんげんそっくりのロボットをつくり、それをにんげんとたいめんさせてにんちしんりがくのテストそのほかをおこなうのがぜんしゃ。こうしゃは、ロボットをしゃかいにとうじたときになにがおこるのかみるもの。これまでに、Robovieをしょうがっこうにいれてみたときにどういうリアクションがおこるのかといったしゃかいじっけんをおこなっている。
りょうしゃはぶんりしたものではない。いしぐろしは「ぼくがやりたいことは、にんはにんをどのようににんしきするのか。にんときかいのかんけいはどのようにひょうげんできるか。ロボットはしゃかいせいをもてるか。この3つ」だと、じしんのきょうみをようやくする。そのいみをきいた。
● えかきしぼうからロボットのけんきゅうしゃへ
もともとは「えかき」になりたかったという。だいがくじだいもべんきょうはせずにえばかりえがいていた。なかまとてんじかいもひらいた。だがくっってはいけないともかんじた。そこでけんきゅうにもうちこみはじめ、きがつくとけいさんきかがくにハマっていた。
もともときぼうしたのはとうじりゅうこうのきざしをみせていたCGのけんきゅうしつだった。しかしにんきがたかくジャンケンになったのだが、いしぐろしはとうじつけっせき。かわりにジャンケンしたどうきゅうせいがえらんだのが、しかくにんしきのけんきゅうしつだった。とくにパターンにんしきをちゅうしんとしたけんきゅうしつだった。そののちも、パターンにんしきがいしぐろしのけんきゅうのバックボーンにつねにあるという。さいしょはしかくいどうロボットのけんきゅうをおこなっていたが、きょうだいにうつったのちは、コミュニケーション・ロボットのけんきゅうにちからをいれはじめた。
なぜしかくにんしきからコミュニケーションロボットだったのだろうか。いしぐろしはじもんじとうするような、あるいはボケとつっこみをじぶんひとりでやっているような、どくとくのはなしかたでこうこたえた。
「にんしきとはなにか。からだがないものにはにんしきはありえない。だからロボットをやらなあかん。それでロボットなんですよ。じゃあロボットはなにがおもしろいのか。にんしきのもんだいでおもしろいのはなにか。モノをつかんでなにかするよりも、にんしきするとはなにか、にんしきするシステムはなにかということをかんがえたい。こんぽんにはにんげんのようなしかくきのうをつくりたいにんげんのようななにかをつくりたい。にんげんのようなシステムをつくりたいときょうみをもてば、マニピュレーションやナビゲーションよりも、にんとたいわするロボットにきょうみがでてくるわけです。それに、こうじょうのなかのけんきゅうはたくさんあった。そうじゃないもののほうがロボットのかのうせいをひろげるかのうせいがあるとかんがえたわけです」
にんは、かかわるあいてをつねにぎじんかする。にんはにんげんらしいものにきょうみをもつようにできており、にんとかかわるぶぶん、インタラクションにそうとうなリソースをさいている。それが、アンドロイド、ヒューマノイドにとりくむべきいちばんつよいりゆうだ――。いしぐろしはこうかたる。
コミュニケーションロボット「Robovie」をかいはつしていたごろは、がいけんのもんだいには、まだそれほどかんしんをはらっていなかった。しかしげんざいはちがう。「がいけんはうごきよりもじゅうようです。ロボットらしいロボットがこうどなせいぎょでなにかうごいてみせるよりも、むすめのコピーをつくってみせたときのほうが、みんなはきょうれつなはんのうをしめすわけですから。にんげんらしいみかけのロボットをつくっただけで、うけるいんしょうはぜんぜんちがうわけです」。
もちろん、コミュニケーションロボットでは「うごきのせっけい」もじゅうようだ。しかしそれとどうように「みかけのせっけい」もくらべられないくらいじゅうようなのだときょうちょうする。にんげんののうはあくまでにんげんとコミュニケーションするようにチューンされていて、にんのすがたにたいするにんしきのモデルができているからだというのがいしぐろしのかんがえかただ。
「にんげんは、にんげんをあいてにするときにさいだいげんののうりょくをはっきするようにできている」という。
しかしロボット――というよりも、コミュニケーションのためのじんこうぶついっぱんのみかけのもんだいについて、けんきゅうしゃはこれまであまりけんきゅうしてこなかった。
「にんとかかわるロボットをつくるといいながら、ものすごくじゅうようなみかけのもんだいをむししてきた。いままでせいぎょこうがくでマニピュレータのけんきゅうをやっていたけんきゅうしゃが、そのいきおいみたいなものでヒューマノイドをやってるからです。ほんとうにヒューマノイドのいぎをかんがえなおしてない。だからだれかがさいしょにやらないといけない、ときがついたしゅんかんに、けんきゅうをはじめたわけです」
こうしていしぐろしがせいさくしたのがぜんじゅつの「むすめのコピー」である。4ねんまえにせいさくされたものだ。とうじ4としだったむすめさんに「ちょっときもちわるいけどじっとしていてね」といってかたをとった。いしぐろしは「ぼくはじぶんのむすめですからへいきですよ」とあちこちさわっていたが、こちらは「さわっていいですよ」といわれてもどこをどうさわっていいのか、とまどいをかんじざるをえないできはえだ。
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とうじ4としのむすめをコピーしたロボット
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「じぶんのむすめですから」とたのしそうにかたるいしぐろし
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NHKのふじいあやこアナウンサーをモデルとしたRepliee Q1 expoをかいりょうしたRepliee Q2
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ふつうのロボットとちがってさこつがあり、けんこうこつもある。はだはとくせいのシリコンゴムだ。せいぞうパートナーは、きょうりゅうの「どうこく」でしられるかぶしきがいしゃココロ。えらんだりゆうは「メカをしっかりつくれることと、シリコンのあつかいになれていること」だった。アンドロイドをつくろうとかんがえてからいしぐろしはいろいろなメーカーにあたったが、とうじ、まばたきどうさをしっかりつくれるのはココロだけだったのだという。なかのきこうやひょうじょうのだしかたなど、ココロのノウハウがずいしょにつめこまれていかされているそうだ。
もちろん、じっさいにこどもともたいめんさせた。このときのロボットは、ねむくなってうつらうつらするどうさなどはそれなりにしぜんにじつげんできたのだが、うなづきどうさなどはガクガクふるえてしまっていて、あきらかにふしぜんだった。きゃっかんてきにみてもかなりぶきみだが、とうのモデルになったほんにんにとってはそうとうにきょうれつないんしょうだったようで、とうじ、「にどとパパのがっこうにはいかない」といわれてしまったという。
つぎにつくったのが、NHKのふじいあやこアナウンサーのコピーである。ふつうのにんにはじぶんのコピーがしらないところでたしゃのしせんにさらされることにたえられないだろうとかんがえ、にんにみられることになれているしょくぎょう、アナウンサーをえらんだ。コピーロボットせいさくのかていはNHKのばんぐみでもほうそうされた。ただしげんざいではたしょうのしゅうせいをほどこし、まったくのコピーではなくしているという。
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【どうが】アンドロイド「Repliee Q2」。かおのひょうじょうがへんかするようす
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【どうが】からだにふれられてこうぎするところ
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【どうが】うけつけでのうけこたえのれい
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ロボットにはじょうはんしんだけで43ほんのアクチュエータがくみこまれており、プログラムによってあるていどじどうてきにみぶりてぶりをおこなうようにした。ふられるとリアクションもかえす。しかし、のうげかのせんせいにみせると「のうしょうがいのにんみたいだ」といわれてしまった。にんげんはもっとランダムにうごく、というわけだ。おそらくせきずいでつくられるこうしゅうはのリズムやだいのうからのしれいなどもろもろがいりまじって、はじめてにんげんらしくなるのだろうとかんがえられる。しかし、しょうさいはみかいめいだ。
なお、いしぐろしはおくさんのコピーロボットをつくることもけんとうしたそうだ。しかしこれは「せんせいのおくさんをいじりまわすのなんてかんべんしてください」と、がくせいたちがいやがった。もちろんがくせいたちはなかのきこうについてもせいぎょアルゴリズムについてもくわしくしっている。しかしいやだといわれた。このエピソードだけきいても、「かたち」には、われわれがふだんかんがえているいじょうのいみがあることがわかる。
● アンドロイドサイエンスとは?
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にんげんらしさとはなにかをついきゅうするためにとうしんだいロボットがひつようだった
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それにしてもなぜぜんしんロボットなのか? 「にんげんはあいてをぎじんかして、よりにんげんらしいものにしんきんかんをかんじるわけですが、そのエッセンスはなんなのか。なににたいしてにんげんらしさをかんじるのかエッセンスをひきだしたい」といしぐろしはかたる。
「そのためには、まずいっかいにんげんをつくってみて、ひきざんしていくしかない。もうひとつはロボットらしいロボットをつくってたしていくというアプローチがありえるわけですが、まずいっかいてっていてきににんげんらしいものをつくってみようとかんがえたわけです」
ただ、こうがくてきなアプローチだけではだけでは、どうやってちかづけていけばいいのかわからない。そのためいしぐろけんきゅうしつでは、のうかがくやにんちかがくしゃたちともきょうどうけんきゅうをおこなっている。のうかがくやにんちかがく、しんりがく、それぞれのがくもんぶんやにはにんげんのにんちメカニズムにおけるさまざまなかせつがある。それけんしょうするためのテストベッドがアンドロイドなのである。
「にんげんとかかわるきかいはにんげんもけんきゅうしないといけないし、じっさいにじつげんもしないといけない。それをぼくは『アンドロイドサイエンス』とよんでいます。かがくとこうがくがかんぜんにゆうごうしたぶんやです」
にんとかかわるきかいと、きかいとかかわるにんのほんしつをたんきゅうする。それがいしぐろしのしゅちょうするアンドロイドサイエンスだ。アンドロイドをどうかいりょうしていくか。それはそのまま、にんげんらしさをどのようにじっそうしていくかというかだいそのものである。げんじょうのアンドロイドでも、2びょうていどのごくみじかいじかんだけみせたばあい、7さくらいのにんはじぶんがみたものがにんげんかアンドロイドかのくべつができないそうだ。しかし、それがどのようなりゆうによるのか、くわしいかいせきはこれからのかだいである。
げんざい、コミュニケーションロボットのひょうかは、たいめんしたにんげんのめのうごきやしんたいのうごきのけいそくなどせいたいけいそくとしんりひょうかのくみあわせでおこなっている。ひかりトポグラフィーをつかったのうかつどうのけいそくもおこなっているが、まだあんていしたけっかがなかなかでないという。
● アンドロイドだとにんちされていてもにんげんらしさはいじできる
おもしろいのは、かたちがにんげんがただと、あいてがアンドロイドだとわかっていても、われわれのはんのうはふつうのロボットにたいするそれとはちがってしまう。これまでのじっけんのけっか、ロボットをコミュニケーションかのうなそんざいだとかんじているのにんのばあい、アイコンタクトのかいすうがおおくなり、また、ロボットがうでをあげるとじぶんもうでをあげるなど、むいしきのシンクロどうさがみられるということがわかっている。
しせんにかんしては、にんげんは、あいてが「しゃかいてきなそんざい」だとおもうと、ずっとめをみつづけるのではなく、あるていどめをあわすと、そらすけいこうがある。よくできたアンドロイドにむかいあうと、ついむいしきにめをそらしてしまうのだという。また、にんげんはにんげんにたいするときにはあるパーソナルディスタンス(こたいかんきょり)をとる。アンドロイドにたいしても、あるきょりをむいしきにとってしまう。そのほうがふつうのはんのうだという。
いしぐろしは「いしきしてかんがえれば『にんげんじゃない』とわかっているときも、むいしきのレベルでは『にんげんだ』とはんだんしているのではないか」というかせつをたてている。にんげんのいしきのしたにあるにんしきモジュールは、にんげんをみたときとおなじようにはんのうしているのではないか、ということだ。だとすれば、ほぼにんげんにそうたいするのとおなじようなリアクションをおこしてしまうのもがんける。
これはこうがくてきにもいみがあり、あいてがアンドロイドだとわかっていても、アンドロイドにむかいあったにんは、にんげんにたいおうするのとおなじようにふるまってくれるかのうせいがあるということだ。であるのならば、アンドロイドは、アンドロイドとしてにんちされていても、にんげんらしいサービスを、にんげんらしいそんざいかんをもったままていきょうできるかのうせいがある。
あいてをコミュニケーションかのうだとおもうかどうか。このがいねんを「コミュニカティブ」というが、これはコミュニケーションロボットにおいてじゅうようなポイントである。あいてをただのきかいだとおもうか、それともコミュニケーションできるあいてだとおもうか。それによってたいめんするにんげんのこうどうもかわってくる。なにをどうデザインすれば、じんこうぶつがコミュニカティブなそんざいだとにんげんににんちされるのか? それがいしぐろしらのけんきゅうテーマの1つだ。
● ユビキタスはちかくをたんとう、ロボットはひょうげん
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からだのほとんどをしょっかくセンサーでおおったATRちのうロボティクスけんきゅうしょのRobovie
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いしぐろしらも、いきなりぜんしんアンドロイドのけんきゅうをはじめたわけではない。もともといしぐろけんではアンドロイドをつくるまえに、ロボットようのやわらかいひふとぜんしんしょっかくのけんきゅうもおこなっていた。コミュニケーションロボットならばやわらかいひふはぜったいにひつようだというかんがえによるものだ。
さいしょにつくったぜんしんしょっかくつきRobovieは、はいねつのもんだいもあってたいへんだった。しかしげんじてんでは300せってんをもつこうみつどこうかんどのぜんしんしょっかくセンサへとしんぽしているという。はいせんはじょうちょうせいをもたせるとどうじに、こみいるはいせんのもんだいをかいけつするために、カスケードせつぞくされ、とちゅうのノードでじょうほうしょりがおこなわれるようになっている。
たとえば、にんにかたをたたかれるとそちらをふりむくといったことができる。じぜんににんげんのうごきやしせいをモーションキャプチャでとりこんではんのうパターンをクラスタリングすることで、どこをたたかれたときにはあいてがどういうしせいをとっているか、かおがどのへんにあるかをがくしゅうしていくのである。
もちろん、センサネットワークともくみあわされている。いしぐろしは「もしロボットがしゃかいにでていくとすれば、ユビキタスぎじゅつやぶんさんセンシングによるこうどなちかくきのうとのくみあわせはひっす」とかんがえている。にんげんは、へやにいっったしゅんかんになにがどこにあるかわかる。しかし、そんなことができるビジョンぎじゅつやコンピュータはまだない。そのため、ひつようなセンサーはかんきょうがわにうめこんで、ひつようなときにひつようなじょうほうをえられるようにしておく。
「にんげんもまちなかでかんばんをみたりするでしょう。にんげんだってかんきょうがわインフラのサポートはひつようふかけつなんですよ。なのに、じりつロボットだ、ロボットはじぶんでがくしゅうしてなんとかしろという。そんなむちゃくちゃなことはありえない。ここ10ねん20ねんでありえるかいは、かんきょうにセンサーをうめこむ、そのなかをロボットはうごくというものです。だからりょうりんでやっています」
ユビキタスはちかくをたんとう、ロボットはひょうげんだ、というのがいしぐろしのかんがえだ。「ユビキタス&ヒューマノイド・テクノロジー」がこれからのキーワードだという。
もちろん、センサネットワークはロボットだけではなく、にんげんにとってもべんりなものとしてつかえる。いしぐろけんきゅうしつにはあちこちにぜんほういカメラがつけられている。かつてはとこセンサーをつかってがくせいがへやのなかのどこをどううごいているかといったことまでネットワークけいゆでわかるようになっていた。
ばんぱくでのアクトロイドのデモも、アンドロイドたんたいだけではなく、しゅういにおかれたカメラやとこセンサーとくみあわせたものだったのだが、きづいたにんはすくなかったかもしれない。
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けんきゅうしつにはぜんほういカメラがあちこちにせっちしてある
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ぜんほういカメラ
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● じぶんのコピーロボット「ジェミノイド」せいさくへ
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いしぐろしのぜんしんをコピーしたロボット「ジェミノイド」(しゃしんひだり)
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そして、つぎにどうするかとかんがえ、けっきょく、「じぶんをつくらないとわからない」ということでつくられたのがジェミノイドである。とうしょ、なまえをもじって「イシグロイド」ともよばれていたコピーロボットをつくったりゆうはなんだろうか。
「いんしょうをききたくても(NHKの)ふじいさんをしょっちゅうつきあわせるわけにはいかないでしょう。あとは、アンドロイドのかのうせいをひろげるといっても、たしかにじょうきょうにおうじればかんたんなせつめいいんくらいはできるでしょうが、ほかのロボットとおなじでげんごりかいがボトルネックになる。10ねん20ねんでもっとふきゅうするとすれば、にんげんのだいりだとかんがえたわけです」
いしぐろしは、きほんてきにATRにはでむかず、おおさかだいがくのコンソールからジェミノイドをそうさすることでたいしょしようとかんがえているという。そうさようのがめんは6つある。カメラモニターようのがめんが3つ、センサーモニターようのがめんが2つ、そうさようのがめんが1つだ。
「ATRはきんえんなんだけど、たばこをすえるへやからそうさをすればコミュニケーションのこうりつもあがるんじゃないか」とわらう。ちなみに、ジェミノイドはケーブルがでているしりのあないがいはきゃくぶもふくめてすべてうごくようにつくられており、たばこをすうまねごともできるようにつくられているそうだ。なおほこうはできないし、かいはつよていもない。あくまでコミュニケーションせんようだ。なおえんかくそうさとなるとタイムラグのもんだいがかならずでてくるが、そこははんじりつどうさをくみこむことでしょりしていくよていだ。
インタビューなかにきづいたのだが、いしぐろしには、たばこをくわえたまま、ひをつけそうでつけない、なんどかかっとうするようなくせがある。なにより、いんしょうにのこるのは、あいてをつうじょうのにんよりじゃっかんながめにちゅうししたあとに、ふっとしせんをそらすどうさだ。そのようなくせをロボットがわにもじっそうできれば、いちどいしぐろしにたいめんしたにんならば、かなりリアルにいしぐろしじしんのそんざいかんをかんじることができるかもしれない。
では、こういうケースだとどうだろう。われわれはにんがうしろにいると、そのにんのばくぜんとしたプレゼンス――そんざいかんをかんじる。では、アンドロイドだとどうだろう? まさにそういうことをしらべたいのだといしぐろしはいう。
「どこまでじょうほうをながすとそんざいかんをかんじるのか。もともとにんげんは、すべておもいこみだけで、みられているというじょうほうだけでバーチャルなかんかくをつくりだしてしまっているのかもしれない。だとしたら、たんじゅんなことだけでアンドロイドもそんざいかんをもてるかもしれないでしょう」
いしぐろしは、じつはにんげんはごくたんじゅんなしくみでそんざいかんをかんじているのではないかとかんがえている。おおくのにんがかんがえている「ロマンめいたこと」をうちけしてしまいたいとかんがえているそうだ。
「とにかく、ごちゃごちゃいっっていてもはじまらないわけですよ。にんげんのそんざいかんとはなにかをしらべるためには、これがひつようなんです」
いっぽう、ぎゃくにそうさしゃのほうはどんなえいきょうをうけるのだろう。いしぐろしは「えんかくそうさなかはたばこがすえる」といっっていたが、はなしはそれほどたんじゅんではないかもしれない。というのは、じっさいにそうさしてみると、そうさしゃのきぶんやうごきが、モニターがめんをつうじてみるジェミノイドのうごきにびきずられるかんかくがあるのだという。となると、ジェミノイドがじゆうにたばこをすえるようにならないと、そうさしゃのほうもリラックスしてたばこをすう、というふうにはならないかもしれない。じょうほうのながれは、いっぽうつうこうではないのだ。
そうさするにんげんのほうが、ロボットにたいしてうまくぼつにゅうできるかどうか。それもこんごのかだいだが、いしぐろしは「しんたいとこころはぶんりかのうだ」とかんじはじめている。いっぽう、じぶんじしんのしんたいのえんちょうとしてとらえてしまうけいこうもあるようだ。「アンドロイドは『にげられないかがみ』みたいなんですよ。らんぼうにふられているとすごくきぶんがわるい」そうだ。「とにかくいようですよ。ぼくはたいていのことはへいきなんだけど、アンドロイドと2にんきりのへやにはいたくない」。
じぶんでも「いよう」だとかんじてしまうものをつくってしまう。それがいしぐろしなのだ。「しらべようとおもったらつくらないといけないでしょう。ひょうかじょうけんがたくさんあるんだから、じぶんをモデルにしてつくるしかない」。「ぼくにいわせればのうかがくのけんきゅうしゃはなぜじぶんののうをひらいてしらべないのかと。……こういうと、みんなだまっちゃうんだよね」。
いずれにしてもけんきゅうはこんごだ。「のうかがくのちけんでいわれていることはすべてじっそうしてみたい」という。にんげんのからだはどういうことをアフォードしているのか。にんげんのしんたいとおなじがいかんをもつものにそうたいしたとき、にんげんはどのようなこうどうをとるのか。なにがにんげんのそんざいかんのほんしつなのか。それをしらべることがもくてきである。
いしぐろしは「さいごはアンドロイドはいらないかもしれない」とかんがえている。「エッセンスだけとりだせればしんたいはいらないかもしれない」。
いしぐろしは「パソコンはどうしてしかくなのか」といったことがきになるという。あたりまえだとおもっているが、りゆうがめいかくではないもの、これまではデザイナーまかせのぶぶんにテクノロジーがいっってくるとせいさんせいがあがる。どんなものでもさいしょはアートからはじまる。だがインターフェイスデザインにもテクノロジーがいっってくると、さいしょはちょっかんでつくっていたものが、テクノロジーのりょういきにいり、たいりょうせいさんできるようになる。「きかいとにんげんのかかわりにおいてもルールをめいかくかしていきたいんですよ」。
● にんげんのタスクの9わりはコミュニケーション
そもそも、なぜコミュニケーションテクノロジーにこだわるのか。いしぐろしのかいとうはたんじゅんだ。「にちじょうせいかつのたいはんはコミュニケーション」だからだ。
「とくていのタスクをきりだしてしまえば、たいていインフラにうめこめるんですよ。せんたくきみたいに。しかし、われわれのにちじょうせいかつは、9わりはコミュニケーションでしょう。じょうほうしゅうしゅうやコミュニケーションがしごとのたいはんです。とくていのタスクは1わりしかない。とくていタスクはじどうかできるから、どんどんじどうかされていくでしょうが、もっともおおきなマーケットはコミュニケーションにあるわけです。そこにテクノロジーをいれたい。タスクはきかいにやらせて、もっとあたまをつかうところにぎじゅつをいれる。ちしきしゃかいのほんとうのゴールはそこにあるとおもっているんです。にんげんは、にんげんにしかつかえないあたまのつかいかたをするべきです」
ではなぜロボットがひつようなのだろうか。ユビキタスぎじゅつなりPCなりでいいのではないだろうか。これにたいするこたえが、ぼうとうのことばである。
「にんげんののうがユビキタスぎじゅつにはんのうするなら、それでいいでしょう。でも、にんげんののうののうりょくはにんげんにチューンされているんです。にんげんにたいじしたときにさいだいののうりょくをはっきするわけです。にんげんをユビキタスつけにして100ねんくらいへてばユビキタスだけでよくなるのかもしれませんが、げんじょうは、われわれののうはリアルなものにもっともはんのうするわけです。ですから、さんじげんでうごくものはひつようふかけつです」
● まずは「9わり」から
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けんきゅうしつはてぜまになってきたがやりたいことはやまほどあるという
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けんきゅうしつがおおきくなりすぎたとかたるいしぐろしだが、こんねんになって、ぶんしせいぶつがくのちけんからロボティクスをかんがえなおすためのあらたなけんきゅうプロジェクトを、おおさかだいがくのやなぎだとしおきょうじゅらとたちあげるよていだ。さらにロボットにおけるじかんおくれのもんだいや、たしゃにんしきをさせるためのしゅほうなど、やりたいことがまだまだふくらみつづけているようだ。
だいがくやけんきゅうしゃしゃかいにたいするみかたもシビアだ。「ヴイストンみたいなかいしゃをつくったのは、リアルなもんだいのなかにこうがくのほんとうのもんだいがあるとおもったからです。こうがくは、リアルなしゃかいのなかからけんきゅうすべきかだいをちゅうしゅつすべきです。ぼくじしんもサイエンスもやってるけれど、サイエンスにちゅうとはんぱなあこがれをもつのはふまじめ。だいがくはよのなかでなにがおこっているのかみてけんきゅうテーマをせっていしないといけない。しかし、ほとんどのけんきゅうがだれかのまねをしている。それはろんぶんがかきやすいからということなんだろうけど、どくじのしてんでけんきゅうするけんきゅうしゃがすくない」とひはんする。
いしぐろしのけんきゅうによれば、アンドロイドににんげんのうごきをかんぜんにコピーさせていると、さいしょはかがみをみているようなかんかくになるのだが、そのうごきのなかにときおりランダムなうごきをまじえると、きゅうにたいわしているかんかくにかわるという。きょくろんすれば、てきとうにあいてにあわせていて、ときおりランダムなことをいえばたいわがせいりつするかもしれないということだ。
もちろん、にんげんがかちをみだしているのは、ひょうめんてきににんのうごきをまねた9わりのぶぶんではなく、にんまねではないのこり1わりのぶぶんである。そこがだいじなのだ。しかし「こうがくのたちばからすれば、まずはロボットがちゃんとうごくことがだいじで、そのいみでは9わりはまねでいいんだとなる」。いしぐろしはこうかたる。「ロボットをつくるたちばからすれば、まずは9わりをちゃんとつくるべきです。ところが、その9わりをつくらずして、のこり1わりだけみているけんきゅうがおおい。こうがくは、のうりょくをださないとかちがないとおもうんですよ。9わりをつくらずして1わりだけやると、もんだいのほんしつをみうしなうかのうせいがある」。
■URL
【2005ねん3がつ23にち】あい・ちきゅうひろしプレスプレビュー【ロボット&しんエネルギープラントへん】(PC)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0323/expo05.htm
■ かんれんきじ
・ けんきゅうしゃじしんのコピーロボット「ジェミノイド」こうかい(2006/07/21)
・ ロボットじぎょうのかいはめいかく〜ヴイストンかぶしきがいしゃ(2006/05/30)
2006/08/01 01:07
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