|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
||
|
|
|
![]() |
![]() |
|||||
|
|
|
|
|
|
|
|
||
|
|
|
|||||||
|
ようこそ! 《 めいがかべがみ びじゅつかん 》 へ! 《 めいがデスクトップかべがみ びじゅつかん 》 には、 げんざい、いんしょうはではゴッホのめいがかべがみ、ルノワールのめいがかべがみ、モネのめいがかべがみ、マネのめいがかべがみ、 そのほかのいんしょうはめいがかべがみ、そしてアールヌーボーでは、クリムトのめいがかべがみ、ミュシャのめいがかべがみ、 そのほかに、バロックのレンブラントのめいがかべがみ、および、じだいやがふうをげんていしないとくべつてん・めいがかべがみがそろっています。 もっともあたらしいめいがかべがみは こんしゅうの 《 めいがデスクトップかべがみ 》 をごらんください。 めいが デスクトップ かべがみは、いんしょうはのがかたちのえをちゅうしんに、せかいのめいがをかべがみにしあげています。 えをたいせつにかんがえ、さいていげんひつようなものいがい、できるかぎりむだなそうしょくはくわえていません。 せかいのめいがで、あなたのデスクトップをかざってください。 |
| かべがみをおもちかえりのきわは GuestBook に、かんそうなどをいただければさいわいです。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
こんしゅうのかべがみはこちら・・・ ( かべがみけんさくもできます ) |
|
2005ねん11がつ22にち、サントリー・ミュージアム・てんぽうざんでひらかれていた 『 ミュシャざいだんひぞう - ミュシャてん - プラハからパリへかれいなるアール・ヌーヴォーのたんじょう 』 とめいうったてんらんかいにいきました。 このてんらんかいは、きょねんの11がつ3にち、たかまつをかわきりに、とうきょう・なごや・はままつ・まつえとめぐって、さいごにこんねん11がつ19にちに やっとおおさかにやってきたという、とてもちょうきかん、わがくにをじゅんかいしたてんらんかいです。 にっぽんでのミュシャのにんきのたかさをものがたるものですね。 おおさかにめぐってくるのがさいごだったこともあって、まちどおしくて、まちどおしくて・・・ おおさかてんがはじまって、 さいしょのへいじつだった22にち、それもかいかんまえにかけつけてエントランスでまつ、ということになってしまいました。 てんじさくひんは、さすがミュシャざいだんひぞうとめいうつだけあって、リトグラフもすりのぼりのよい、そしてたいしょくもすくない、 ひじょうによいものばかりですし、また、リトグラフはおなじものがこのよになんてんもそんざいしますので、さかいしにある ミュシャかんでもほとんどみたことのあるさくひんばかりだったのですが、まだほんものにおめにかかったことのなかった ゆさいやテンペラ ( これはほんものはこのよにいってんしかない ) などもおおく、しかもぜんたいのてんじてんすうが200てんをこえるという、 じつにボリュームまんてんのてんらんかいで、いちにちじゅうそこにいてもあきないほど、ミュシャをまんきつさせていただきました。 ( ミュージアム・ショップでは、500こげんていもののジッポライターがうられていて、 あいえんかのぼくとしては、ついてがでてしまいました ^_^; デザインは 《 サロン・デ・サンだい20かいてん 》 と 《 Job 1896 》 のにしゅるいあったのですが、 やはりタバコかんれんということで、《 Job 1896 》 にしましたよ (=^-^=)ノ ) で、こんしゅうは、ミュシャのテンペラがです。 ミュシャといえばポスターをはじめとするリトグラフがだいひょうてきなものですが、 ぼくはどうしても、いってんもののゆさいやテンペラにひかれてしまうんですよねぇ・・・ (^_^;) このかべがみコーナーは、じつにぼくのこのみだけでうんえいしていますので、 ミュシャのリトグラフ・ファンのみなさん、ごようしゃくださいませ ^_^; じかい、ミュシャさくひんをかべがみにするときは、ぜったい、かれいなリトグラフにしますね (^。^;) ということで、こんしゅうはミュシャの 《 ゆりのせいぼ 》 です。 このさくひんは、てんらんかいずろくのかいせつによりますと、1902ねんのしょとうに、エルサレムのひじりマリアきょうかいのそうしょくをいらいされ、 このじきにポスターせいさくからタブロー ( いっぴんものかいが ) へのてんかいをかんがえていたミュシャは、ぜっこうのきかいととらえて いたらしいのですが、そのプロジェクトがのちにちゅうだんされてしまいます。 そのいっかんとしてえがかれていたのがこのえなのですが、 ミュシャはこのさくひんを 「 ヴィルゴ・プリッシマ ( もっともせいじゅんなるひじりしょじょ ) 」 とするこうそうでてがみにかき 「 《 ゆりのせいぼ 》 をえがいていると、わたしのすべてがうたっているようだ 」 としたためるほど、 このえにふかいおもいいれをこめていたようで、プロジェクトちゅうだんごもせいさくにぼっとうしたようです。 じゅんすいさをしょうちょうするゆりにかこまれたげんそうてきなせいぼと、かかんをこうむり、かいそうをしょうちょうするつたのはのわをもつげんじつてきなしょうじょ。 このふたりをたいかくせんじょうにはいちして、そのそんざいをたいひしていますね。 しょうじょは、スラヴのみんぞくいしょうをつけています。 せいぼのいしょうのもすそが、やさしくしょうじょのかたをだくようにたなびいています。 ちょうどこのえがかんせいする1905ねんごろ、ミュシャはみずからかちえためいせいを、ながくしいたげられてきたチェコ、 そしてスラヴみんぞくのためにつかおうとかんがえはじめていたようですが、そんなおもいがこのえにもあらわれているのでしょうか。 せいぼがげんそうてきでしんえんなそのちからを、スラヴのしょうじょにそそいでいるようにもみえるのです。 プロテスタントかくはからは、せいしょにせいぼマリアをしんかくかするきじゅつがないことや、むやみににんをかみのごとくみることに ひはんがつよいカトリックのマリアしんこうですが、スラヴはきほんてきにとうほうせいきょうかい ( ギリシャせいきょうかい ) のえいきょうかにあって、 カトリックとおなじようにマリアしんこうがふかいですから、このマリアさまは、とうほうせいきょうかいのマリアようなのでしょうね。 エルサレムのひじりマリアきょうかいのそうしょくをいらいされた1902ねんには、ミュシャは 《 おものいのり 》 のげんがをかんせいさせていますし、 がかのジェジナとともに、《 コンスタンティヌスかいぎいぜんのヤン・フス 》 というしょせきをじひしゅっぱんしたり、 この 《 ゆりのせいぼ 》 とはへいこうして、《 クオ・ヴァディス 》 をえがいていたりと、かのこのごろのきもちは、 しんこうにむいていたのかもしれません。 あるいはそのあたりは、このごろにあいさい・マルシュカ ( マリ ) としりあい、けっこんにいたっていますので、 かのじょのえいきょうもあったのかもしれませんね。 しかし、いかにいっぴんものテンペラがといえども、このマリアようのいしょうのながれ、 それにしょうじょのいしょう、ゆりがさきみだれるそうしょくと、ミュシャようしきの アール・ヌーヴォーのきょくせんはみのがせません。 このてんらんかいでは、ミュシャかんれんのたくさんのしゃしんもてんじされていましたが、 おもしろいことに、このえのしょうじょのデッサンにつかったとおもわれるしゃしんもてんじされていました。 しゃしんに、じつにちゅうじつに、ミュシャのえはえがかれていることが、このしゃしんからもわかります。 おそらくはこのしゃしんに、ごばんめをかきいれて、びきのばしてキャンバスにうつしたのでしょう。 このようなことも、アール・ヌーヴォーのじだいをとらえるうえで、おもしろいですね。 つちいコレクションには、このえのさいごのしゅうさくといわれるものがありますが、 それによると、ゆりのはなはそれほどはっきりとえがかれていおらず、ちゅうおうのじょうぶに もうひとりのじょせいのかおのしたはんぶんがうっすらと、まるでしんれいしゃしんのようにえがかれています。 かんせいばんにはない、これはいったいなにだったのでしょう・・・ すこしつりあがっためをもった、こわいかんじのするかおですので、 《 スラヴィア 》 に、わしが ( とうじのチェコをしいたげていたしょうちょうとしてのハプスブルグいえのもんしょう ) えがかれていたように これも、ひょっとしたらスラヴしょうじょをねらうあくま・・・といういみがあって、 それをマリアさまがもすそをひらめかせてまもっているといういとを、はっきりとあらわすモチーフだったのかもしれませんね。 |
|
さんこうかべがみ 《 まことふくはちはじ 》 より 「 こうふくなるかな、こころのきよしきもの・・・ 」 《 ヒヤシンスひめ 》 |